ざわ、ざわ、と静かなはずの家が騒がしかった。 寝ているというのに、体のだるさが抜けない。 『ねぇ、結局なにをして遊ぶの?』 『うん、さっきね、素敵な遊び道具を見つけたんだ』 『わあすてき!!』 静かなしゃべり声。どこか寒気を感じるその声。うふふ、あははと絶えない笑い声 違和感を感じたジェシカは目を覚ます。 目覚めたジェシカの目にまず入ったのは、キラリと光る… 包丁。 「おや、もうお目覚めかぁ 残念」 声が聞こえる。 少年の声。 「良い子は寝ている時間なのよー?」 次に聞こえたのは無邪気な少女の声。 そして響く、笑い声。 しばらくして、目の前に二つの人形があることに気づいた。 男の子は左目に包帯を巻いていて右腕がない。 女の子は右目に包帯を巻いていて左腕がない。 歪な双子人形。すこし不気味で、無邪気に笑う姿すら、不気味に思える人形は 二人とも、遊び道具とは思えない包丁を手にしていた。 「でも、起きているほうが楽しいかもね」 「無抵抗よりはいいかも!」 二人が顔を見合わせ笑いあう。 そして同時に、顔だけをジェシカに向けて、また笑う。 「ねぇ、おねえさん」 「「 あ ー そ び ー ま し ょ ー ♪ 」」 楽しそうな二人の声が響く。そして包丁が月明かりに照らされ、振りかざされる。 やばい、そう直感的に理解したジェシカは飛び起きて寝室を飛び出した。 何が起きてるの。 なんで人形たちが口を聞いているの。 なんで包丁を持っているの。 意味不明。 こういうときどうすればいいんだっけ。警察に電話? ううん、家に包丁を持った人形がいるって言ったって信じてくれるわけがない。 第一私だって今の状況を理解していないのに説明なんかできるわけもない。 とりあえず、逃げなきゃ殺される。 走る。 玄関にたどりつく。 ドアを開く… …開かない。 「どこに行くの、おねぇさん」 「!!!」 後ろから聞こえた声に背筋が凍る。 ゆっくり振り向くと、男の子の人形が顔のすぐ近くにいた。…浮いている。 「逃げても無駄よぉーこの家はもう人形の世界。外には出られないんだから!」 続いて女の子人形が現れる。 くすくすと笑って、男の子人形がさらにジェシカの顔に近づいた。 「おいしそうな、黒々した目…きれいだね。 ねぇ、おねぇさんその左目。僕に」 「ちょうだい?」 寒気がする、その声に、ジェシカは震え上がる。 足ががくがくして、動けない。逃げられない。 「アヤが左目ならぁーメルには右目をちょうだい!」 「そしたら次は、右腕をもごうよ」 「そうだね!私は左腕をもいであげる!」 「楽しいね。楽しいね!だって久し振りの人間だ! もいで、もいで、赤い血がひろがって…なんて楽しい遊びだろう!」 再び響く笑い声。 疑問は消え、恐怖しか感じられなくなる。 おびえることしかできないジェシカに男の子人形はとてもうれしそうに笑った。 「ああ、いいね、いいね!そういう顔、すっごくたまらない!!」 「アヤ、もう余興はいいよ。はやくこの人間で遊ぼうよぅ!!」 我慢ならない、といった雰囲気で女の子人形はじたばたと包丁を振り回し、暴れた。 「あはは、ごめんごめん。じゃあ先手をメルに譲ってあげる!」 「わぁい!」 女の子人形が近づき、包丁を振り上げた。 その時。 「すとっぷ」 ジェシカの後ろから、声が聞こえた。 「…お遊びはこれまで、ですよ」 ジェシカが振り向く、とそこに居たのはローウェンだった。 いつのまにか、玄関が開いている。 「!?どうして!?外との繋がりを絶ったはずなのに!」 「残念、私にはそういう結界はきかないんです」 荒い声に、ローウェンは穏やかな声で答える。 「ジェシカさん。今のうちに外へ逃げてください。私の店の中に入ってていいですから」 ローウェンの言葉にジェシカは無言で頷き、外へと走り出した。 その様子を見て、ローウェンは静かに戸を閉めた。 「誰だかしらないけど、邪魔するなんて、ひどいや」 「ああ、それはすいませんでした。 ですが可愛い女の子を怖がらせるなんて、すこし感心しなかったもので」 こんな状況でも、ローウェンは落ち着き、笑顔を絶やしていない。 「ふぅーん、なんか、やな感じ… でも、いいや。今度は君が遊び相手になってくれるんだね。」 「その笑顔、歪ませてあげるの!」 再び人形が包丁を構える。 ゆっくりと、静かにローウェンは髪をかきあげた。 隠されていたローウェンの右目があらわになる。 だが、そこに目は無かった。 黒い、闇、混沌の渦が巻いた右目。深い深い黒い穴。 なにもかも吸い込んでしまいそうな黒が、そこにあった。 右目の黒い渦が見せるヴィジョン。 双子人形の周りには黒い霧。 深い深い黒く渦巻く霧は、ローウェンの右目とどこか似ている。 その様子を見て、一瞬ローウェンから笑顔が消えた。 「やはり、メアリーの仕業…ですか」 ローウェンが呟く。 「…っ!少しくらいは怯えてよね!つまらないよ!!」 男の子人形が声を張り上げ包丁を思い切り振り上げる。 狙ったのは、黒い渦。ローウェンの右目だった。 キーン…と、金属が触れ合う音が響いた。 包丁とローウェンの右目の間にあるのは、針金のような、黒く細い糸。 鉄のように丈夫で、糸のように柔らかい不思議な物質。 その糸をローウェンは両手で操っていた。 「なに、それ」 包丁を下ろして不快そうに男の子が聞く。 「ただの黒い糸ですよ。ちょっとばかし細工してありますが、ね」 ローウェンが黒い糸を振り上げる。 まるで生きているように動くその糸に、男の子人形は逃げるように一歩引く、が、糸はそれを許さない。 「アヤ!!!!」 女の子人形が声を張り上げる。 アヤと呼ばれた人形に糸が巻き付き、ぎりぎりと人形を締め付ける。 「…安心してください。別に壊すわけではありませんから」 そういってローウェンは優しく微笑む。 すると、ローウェンの右目の渦が一層深くなり、男の子人形の周りに渦巻いていた黒い霧が、まるで右目に吸い込まれたように、消えた。 そして、男の子人形はぐったりと、力尽きたように倒れる。 優しくローウェンは糸を解く。 「アヤ!!」 女の子人形が、男の子人形に駆け寄る。 その後ろで静かにローウェンが糸を巻き、もう一度糸を放ち、女の子人形を巻き付ける。 そして男の子と同じように、女の子人形の周りに渦巻いている黒い霧を吸い込んだ。 女の子も、同じように倒れる。 そして、さっきまでの騒がしさはどこにもなく、ただ静寂が包む。 「ロー!おかえりなさい!」 店に戻ると、メアリーの明るい声が響いた。 「ただいま、メアリー。ジェシカさんはどこですか?」 「寝室。寝ちゃったみたい」 「…そうですか。ジェシカさんには怖い思いをさせてしまいましたね…」 そういうと、ローウェンは二つの人形を机の上においた。 …事件の原因の、双子人形だ。 「これが事件の人形?」 「ええ、男の子のほうは…アヤ。と呼ばれていましたね。 今は眠っていますが…しばらくしたら起きるでしょう。 仲良くしてあげてくださいね」 ローウェンは微笑み、寝室へと足を向けた。 ローウェンの寝室は、実に殺風景でベッドしかなく、本当に寝ることだけを目的とした部屋になっている。 そんな中、一人の少女がすぅすぅと寝息をたてていた。 人の部屋で…なんて無用心な人なんだろう。 そう思い、すこし苦笑したローウェンはジェシカに布団をかけてあげ、寝室を後にした。 「あれ、ロー、どうしたの?」 「作業部屋で寝ます。ベッドは取られてしまったのでね」 そう言って、ローウェンはすこし、嬉しそうに笑った。 |