独り人形詩 第三話 私と人形



目が、覚める。
辺りを見回す。なにもない寝室。

ここは、どこなんだろう。私の家じゃない…。


「あ、お目覚めですか?」
ひょこっと、ローウェンが顔を出す。

寝ぼけた頭のジェシカには、今何が起きているのか理解できず首を傾げた。
…しばらくすれば、頭が冴えていき、ここがローウェンの家であることに気づいた。


「あああああああ!!!わ、わたし、ここで寝ちゃって…!!?」
「ええ、よくお休みでしたよ」
「そそそっそうじゃなくてっ!!!!!」

いきなり異性の家に泊まるとか、どうかしてる。
しかも昨日出会ったばかりの人間、だ。

「あ、もちろん何も変なことはしてないですから安心してくださいね」
そう言って、ローウェンは朗らかに笑った。
少し恥ずかしくなったのか、ジェシカは少し顔を赤くして俯いた。


…そして、しばらくすると脳がさえていき、昨日の出来事を思い出した。

まるで、夢のような出来事、いや、夢なのかもしれない。
包丁を持った双子の人形に、襲われたこと。


…疲れてたから変な夢見ちゃっただけよね



そう自己完結するが、じゃあ何故、自分はここで寝ているのかが意味が分からなくなってしまう。
だからといって、昨日の出来事を認めたくはない。

「あの、ローウェン…」
「はい?」
「昨日…は」
「ああ!そうでした!」
ジェシカがまだ話している途中だというのに、ローウェンはぱたぱたとどこかへと去っていってしまった。
しばらくすると、また足音が近づいてくる。


「なんなのよ、一体…」
ローウェンに目を向けた瞬間。ジェシカは固まった。
ローウェンの手には、二体の双子人形。

そう、昨夜の…問題の双子人形。
もう動くことはないようだが、深夜に起きた恐怖は、消えない。
ローウェンの行動、深夜の出来事が夢でなかったことを物語っている。

…だが、人形の無かった腕は直されていて、右目左目もお互い直っている。


「昨日、徹夜で直したんです。目は同じ色が無かったのでオッドアイになってしまいましたが…これはこれでオシャレでしょう?」
「ば、ばばばば馬鹿!!あんたなにしてるのよ!!そいつらは昨日あたしを…!!」
「大丈夫ですよ。怖がらないでください。この子たちはもう普通の御人形ですから」

そう言って、ローウェンは人形にお辞儀をさせた。

「ほ、本当に、もう動かないんでしょうね…」
「ええ。…ああ!自己紹介をしていませんでしたね。
 この双子人形…男の子は、アヤくん。女の子はメルちゃん、と言うのですよ」
「…ふぅん…」
興味ない、というようにジェシカは答える。
その表情には、未だ恐怖の色が残っているようだった。

そのとき
『くすくす…お姉さん、怯えてる!ねぇアヤ、怯えてるわ!』
『うん、そうだねメル。すごく怯えているね』
『きゃはは!おもしろい!おもしろい!!』

「!?」

ジェシカの耳に、かすかに声が聞こえた。
昨晩と同じ声…。でも、昨晩よりも声ははっきりと聞こえない。

「…?ジェシカさん、どうしたのですか?」
「え、あ、いや…今…声、が」
「!ジェシカさん、聞こえるのですか…?」
「え?」

ジェシカの言葉に驚き、しばらくローウェンは考え込んだ。

「…外では…普通は聞こえないはずなのですが…」
「は??何言ってんの?意味がわかんないんだけど」
「…人形の声が、聞こえるんですよね…ちょ、ちょっと待っててください!」
そう言って、ローウェンはどたばたと慌ただしく自分の作業場へと向かった。
しばらくすれば、一体の人形を抱えてローウェンが再び現れる。

その人形は、メルたちとは全く違う容姿の人形…メアリーだった。
「メアリー、ジェシカさんが人形の声がわかるようになったそうですよ!」
「…メアリー?」

ジェシカが、少し怯えつつもメアリーに目を向ける。
西洋人形よりも柔らかみのあるその人形からは、あまり恐怖は感じられなかった。
やわらかい笑顔のメアリー。だったが。

『あら、人形が嫌いなのに人形の声が聞こえるなんて、変なの!』

聞こえた言葉は、生意気な言葉。


「…なに、この、生意気な人形…」
「やっぱり!声が聞こえるのですね!!」

ジェシカの言葉を無視して、ローウェンは笑顔でうれしそうに言う。
どうやら自分以外に声を聞ける人間ができて嬉しいようだ。

「…昨日、ジェシカさんが閉じ込められたでしょう?あれは人形が作りだした世界、なんです
 そこでは人形が自由に動き回れて…人間にも人形の言葉が聞こえます。
 だけど、それは人形の世界での話。外では普通人には人形の言葉は聞こえないはずなんです」
「…でも私、聞こえるんだけど…」
「そこなんですよね。…多分、私が貴女を助けた際、私の力が少量移ってしまったか…なんらかの作用が働いてしまったか…」
「…はあ…」

ローウェンの言ってる意味がよく、わからないのか、ジェシカは首を傾げる。
「じゃあ…貴方はなんなの?普通じゃないってこと?」
「私ですか?」
もっともな質問に、ローウェンは笑う。
「私は…まぁ、そうですね。普通ではないですから」
「はぁ?」
笑顔で普通でないと答えられ、ジェシカはむっと顔をしかめた。

「私は…人形に取り付いた邪気を払っているんです。
 昨日の事件。あれも人形についた邪気のせいです。
 人形は人を襲うようなことは滅多にしません。…というか、出来ません。邪気が無ければ、世界を作る力がなく、動けませんから。
 でも邪気がつくと一気に変わります。動き回り…人を襲うケースもあります。邪気がつくと不思議な力が加わる、と考えてください」
「はぁ…」

どうやら一般人のジェシカにはむずかしすぎた話らしく、一度では理解出来なかったようだった。
そんなジェシカに、ローウェンは笑顔で答えた。

「まぁ、すぐに理解しなくても結構です。
 人形と話をするのも楽しいですし、どうぞ人形ライフを満喫してください」
「そ、そんなこと言われたって…」
『そうよ。こんなしかめっつら女と楽しくお話なんて無理だわ!』
「………」

表情が変わることのない人形のメアリーは、笑顔のまま毒舌を吐く。
…そんなメアリーに、ジェシカはもともとしかめていた顔をさらにしかめ、メアリーを睨みつけた。

…そんなジェシカに、メアリーも負けじと睨んでいるようで、二人の間には火花が散っているように見えた。
そんな二人の様子にもあっけらかんとローウェンは笑っていた。

「すいません、メアリーは少々口が悪いので」
「…やっぱり、私人形嫌いだわ」
「………」
嫌い、という言葉を聞いて、ローウェンは少しだけ…顔を歪ませた。


「ともかく…、昨日は世話になったわね。例を言うわ」
『まぁ偉そう』
「………」
…、再び、ジェシカとメアリーの間に険悪な空気が漂う。

「ふぅ、まぁ、いいわ。とりあえず私は帰るわ
 じゃあね」
そう言って、ジェシカはメアリー達に目を合わせることもなく、ローウェンの家から去り、自分の家へと戻って行った。



『やっぱり私あの人間嫌いだわ!』
そう怒鳴るメアリーに、ローウェンは眉をしかめた。
「メアリーも悪かったですよ、あんな言い方すれば、ジェシカさんだって気分を悪くしてしまいますよ」
『そうかしら!なぁに、ローウェンはああいうのがタイプなの?趣味が悪いわ!』
「だから、そういう言い方は…でも、そうですね…確かに、ああいう気が強い女性は嫌いではないですよ」
『そうですか!』

つんとしたメアリーの返事に、ローウェンは笑った。




「…人形の言葉が、分かる…ねぇ」


一人、ジェシカは呟いた。
ふと、ジェシカは自分の机のすぐそばに置いてある人形に目をむけた。

ジェシカが持つ、唯一の人形。


「あんたとも、話せるのかしら…」
優しく、ジェシカは人形を撫でた。
…優しい表情をしていたジェシカだったが、その表情はすぐに曇る。

「…あんたが、私に話しかける、訳無いわよね」
そう呟いて、ジェシカは人形から離れた。


「人形なんか、大嫌いなんだから…」

最後に、そう言ってジェシカは部屋を出た。





ジェシカの人形は、ただ、目をつむり、何も喋らない。
大人しいその人形は、いきなり話し掛けられ、何を話せばいいのか分からないだけだった。
ただ、タイミングを逃しただけ。


『ジェシカちゃん…』

人形は、誰も聞くことのない声を発す。


ねぇ、淋しいんでしょ?


どこからか声が聞こえた気がする。


こんなにも愛してるのに、愛されなくて
淋しいんでしょう?


『…だれ?』

人形は問い掛けるが声の主は現れない。


淋しい!淋しいわよね!
わかる、分かるわ!だって、私もそうだったから。

愛が、いつのまにか、憎しみに変わるわよね。
私は、こんなに愛してるのに、憎い、憎いって


『ち、違う、ジェシカちゃんは、違う』

なにが違うの、あの子は人形を恐れてる。
昨日のこともあって、さらに恐れてる。

それだけじゃないわ、あの子は人形を憎んでる。


『でも、それは…』


言い訳無用!!
ねぇ、貴方に力をあげる。

それさえあれば、ジェシカは貴方から逃げられないわ。



『いや、やだ、やめて…何も言わないで…』

人形のまわりに、黒い渦が渦巻いた。
動くことの出来ない人形は…ただ、飲み込まれるだけだった…。